読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

彦根について①

 

彦根について書く。ここからブログをはじめる。

彦根は私の生まれ育った街だ。

かつて徳川家家臣の井伊家が彦根藩を治め、私が生まれた頃は井伊家の末裔が市長をしていた。昭和の終わりの話だ。人口10万人の落ち着いた城下町で、桜と紅葉の季節には彦根城へそれなりの観光客が訪れる。

私はこの街が好きだ。私は彦根のなかでも彦根城へ徒歩10分圏内の土地で生まれ育った。幼いころは祖父母に守をしてもらっていたが、そのときによく天守閣へ登ったり、水堀を散歩し、堀にいる白鳥に食パンをやったりしていた。祖父母との穏やかな交流の記憶である。

 

通っていた高校は城の内堀と外堀の間にあった。もとは彦根藩の藩校が位置していた場所だったらしい。私の高校生活は控えめに言っても明るいものではなかったし、ほとんどを孤独のうちに過ごしたが、登下校の街並みは好きだった。特に秋の季節の下校が好きだった。少し寒く、そして暗くなるのが早い。水堀に沿って植えられている柳の木が秋の風に揺れて音を立てた。街灯がオレンジ色の明かりを等間隔に灯していた。感傷的な光景に私も感傷的になった。私はまだ少年だったのだ。私は城の堀に沿って道を歩いた。ほとんどいつも一人で歩いていたが、感傷が孤独感を癒し、また孤独感が感傷を増幅させた。

いつか恋人ができたら一緒にこの道を歩きたいと思っていた。そして歩きながら、私が感じる孤独感について話したいと思っていた。そしてその孤独感を受けとめて欲しいと思っていた。 

綿矢りさ芥川賞を受賞した時代の話である。

「認めてほしい。許してほしい。櫛にからまった髪の毛を一本一本取り除くように、私の心にからみつく黒い筋を指でつまみ取ってごみ箱に捨ててほしい。人にしてほしいことばっかりなんだ。人にやってあげたいことなんか、何一つ思い浮かばないくせに。」(『蹴りたい背中』)